3日目は非常にタイトな日程になっているので急いで駆けつけた ここ『おきなわワールド』。
長女の希望で鍾乳洞「玉泉洞」と琉球の伝統「スーパーエイサー」をメインに見ようということでやってきました。
便りの綱のカーナビが朝から不調でなかなかルートを検索してくれず、出遅れてしまったのがひびいて到着が10:40になってしまった。
したがって到着直後”皆走れ!”。急いで入場券を買って、案内表示にしたがってとりあえず「スーパーエイサー」の会場に行きました。
長男は通常の如く、CDを聞きながらマイペースでしたが、この時ばかりは私が手を引っ張って一緒にダッシュ。
エイサー会場に到着。もうすでに観客でいっぱいになっている中で何とか全員座る席を確保。
一人長男は早速 手持ちのCDに聞き入っているが長女は今から始まる「沖縄太鼓」を楽しみに、やや本気むーど。
二男と婆ちゃんは数列前の席に陣取った。私は撮影の為(他のお客さんの邪魔にならないように)最上階の中央にデジタルカメラと
DVムービーで臨戦体制を整えました。私は長女の和太鼓演奏をいつも見ているので、”どこが違うのか” ”撥さばきはどうだろう”
という点に期待を持って見ました。始めは静かにゆっくりと。次第にヒートアップして行き、クライマックスは中央写真のように舞ながらの
演奏となりました。感想はひとことで言って『完成された美しさと、何か底から唸り上げるような力強さを兼ね備えた想い』を持っている
ということでした。実に見事な演舞を見せてもらって至高の時間をくれた彼らに 感謝。
本来の『エイサー』に少しアレンジを加えているという事らしいですが、もともと伝統芸能・文化というものは本筋を一本持っていて、それが
表現する手によって千変万化しながら伝えられていくものですから、やはりこれも『エイサー』なのでしょう。
期待どおりの『エイサー』を見て、始めに通った「みやげ物専門店街」ヘ戻り、ここで昼食をとる事になった。
長女と二男がTシャツを購入している間に長男を外に連れ出し、交易船「南都丸」前で記念撮影。しかし当の本人は
もうヘトヘトで左写真のようになっていました。昼食は「みやげ物専門店街」内にあるレストランで頂きました。海ぶどうは美味しかったナ。
長女と二男はここでお気に入りのTシャツを購入。
腹ごしらえもできて次に見て周ったのが鍾乳洞『玉泉洞』
『玉泉洞』ホームページには 「サンゴ礁から生まれたこの鍾乳洞(しょうにゅうどう)は、日本第2位全長5kmの長さを誇ります。
そのうち現在は890mが観光洞として公開されています。自然が30万年の時をかけて造り上げた壮大な地下の世界。
幻想的なひとときをお楽しみください。」とあるように、自然の壮大な営みの姿を見ることができました。歩く事約20分 長男も気力を
振り絞っての歩行でした。
途中様々に表情を変える洞内に嘆息しながら出口まで来たらなんと、エスカレーターのお出迎え。感謝。
これで『おきなわワールド』での予定は全て終了 ということで駐車場に戻るわけですが・・・・・・。
鍾乳洞『玉泉洞』を出て駐車場へ向かおうとして歩きながらチラッと見た案内表示にビックリ。それで
まだ20〜30分間歩くらしいという事を知り、ひたすら歩くが皆 無口になっている。
そんな炎天下の中で立ち寄った小さな売店 ここで一息入れる事になり、テーブルに座ってフレッシュジュース
を飲んで生返りました。そういえば美ら海水族館で飲んだ ”ヤシの実”をここでも見た。沖縄ではさほど
珍しいものではないのか?当たり前か。
おきなわワールドの後は姫ゆりの搭を見学する予定であったが、時間の都合で、明日の予定になっている『首里城』に変更。
充分な時間がとれない事を承知で向かいました。首里城の外周をぐるりと周って見つけた有料駐車場に車を停めてそこから
徒歩5分で入り口に到着。城内見学は長女と私の二人が行い、ママ・祖母・長男次男は門の入り口手前の広場でノンビリした。
とにかく『おきなわワールド』での暑さからきた疲れが大きかったのだろう。
私は首里城について 「1609年の薩摩藩軍の侵略により琉球王朝は事実上崩壊し、次いで1871年(明治4年)
に明治政府が布いた廃藩置県によって1879年(明治12年)に『沖縄県』となった後、駐屯地として、また学校として利用され、
そしてあの忌まわしい太平洋戦争 沖縄戦で焼失した」 という歴史を持っているということくらいしか知識が無いが、
実際には(建築主)や(建立の正確な時期)等は今でもよく判らない事があるらしい。首里城の正殿を拝観して感じた事は
琉球は琉球であって他の何にも属さないものであり、まして江戸時代の薩摩藩への服属を始めとし、明治時代に強制的に沖縄とされ、
そして「不幸な時代」「不遇の時代」を通り過ぎてきたこの城は未来永劫にわたって『平和のシンボル』として二度と焼かれる事の無い不落の城として
存在していって欲しいということです。
感心した事として、高齢者や肢体不自由な方達のための車椅子用エレベーターやリフト・スロープ
が完備されている事。心ある施設です。
足早に『首里城』を後にして、沖縄の旅 3日目に宿泊するのは那覇市の国際通りにある
『ホテルロイヤルオリオン』。この項に貼る写真が有りませんので詳しく知りたい方は
ホテル名をクリックして下さい。今回の旅行はママが2ヶ月以上の期間を費やし、練りに練ったコース選びで、
『国際通り』(クリック)はもちろん
初めから予定に入っておりましたが、そのママが最終的に選んだのがホテルロイヤルオリオンということです。もちろん
我家には自閉症の長男がいますので”泊まるところは何処でも良い”というわけではなく、様々な事を想定して選んだ結果ということです。
非常に清潔でゆったりとした部屋作りは2泊したリゾートホテルとは違った気品がありました。皆さんお奨めデスヨ。
車から部屋まで荷物を運んでもらって、お風呂の前に当然出撃です。国際通りメインストリートを県庁方面に徒歩で約15分。
この間にいったい幾つの店があるのだろう、と思いつつ、グルメ ファッション ファーストフード等々の店を見ながら到着したのは
今日の夕食処
ステーキハウス『サムズレストラン国際通り店』。店の前にはすでに人の列ができていましたが、18:30に予約を入れて
あったのですぐさま店内に入れてもらいました。店内で待つ事約10分。案内の女性に従ってテーブルへ。
料理のコースは旅行社任せだったのでよく判りませんが、出てきたものは「ライス・スープ・サラダ・ステーキ・野菜炒め」かな。
目の前で行なわれるスピーディーなサバキに子供達は”唖然”。最後にコショウの入れ物を「背面キャッチ」するのが見せ場らしいのですが
それは失敗し、床にコロン。ザンネン!
「今のは見なかったことにしておいてください」というコックさん。
「そんな事は言わなくてもイイ」と横のテーブルで同じく料理をしていた当店のコック長のささやき。という具合に美味しい
肉も食べて、次は長女と二男のお買い物です。市場本通りへ入ってすぐにあった衣料品店で服を見始めたら、長男が「ウンチ」
と言い出したので私は長男の手を引いてホテルロイヤルオリオンまで戻りました。
長男は済ませる事を済ませて、お風呂に入って、好きなCDを聞きながらリラックス。
こうして3日目の夜は終えたのでした。